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フェイク 第1192号(発行=11.04.20)

フェイク 第1192号(発行=11.04.20)
「大御本尊偽物」説は日顕の持論
「慧妙」の珍論、「河辺メモ」の弁解で墓穴 ①
以前は「字画判定」、今は「写真判定」と無節操


今から約十二年前、日顕を震撼させ、宗内の僧俗をパニックに陥れた「河辺
メモ」について、愚かな「慧妙」が今頃再び、バカ騒ぎしている。「慧妙」の
社員三人に加えて、妙観講員も動員して珍論を捻り出しているようだが、隠居
した日顕の古傷を焙り出し、悪化させる結果になっている。

「慧妙」三月十六日付では一面全面を使って「『河辺メモ』利用した誹謗を
完全粉砕」、同じく四月十六日付でも「『河辺メモ』利用した誹謗に終止符」
の凸版を立て、駄文を書き殴っているのだ。

「慧妙」がダラダラ述べている戯論は解りづらいので要約して整理しておこ
う。

◆三月十六日付では、①「河辺メモ」は何者かによって河辺の手元から盗み
取られた。②「戒旦の御本尊のは偽物である。種々方法の筆跡鑑定の結果解っ
た(字画判定)」とあるが、これは(字画判定)ではなく(写真判定)である。

③これは大御本尊を間近に拝せない謗法者が写真で判定したと読むのが妥当だ。
日顕だったら写真で判定する必要はない。④写真を比較したのは正信会で、疑
難が出ていた。これは平成十一年六月一日付「慧妙」で詳報した。⑤大御本尊
の御威光に傷を付け、日顕に御迷惑をかけても、宗門では「擯斥」「降格」な
どの無慈悲な処分は考えられない。⑥河辺が敬台寺にいた頃、日顕にメモの内
容を公開すると脅した時、何故、河辺は栄転・重用の処遇を受けなかったのか、
「フェイク」編集子よ、説明してみよ。

◆四月十六日付では、①性懲りもなく「河辺メモ」の「字画判定」を「写真判
定」だと誤読し、文字の比較は、別の時期に書いた文字ではなく、同じ時に
書かれた文章の中の同一文字を比較すべきだ。②人を脅迫する時は「メモ」
を公開するぞ、と脅せばよい、実際に流出させては脅迫にならない、③
次号で「河辺メモ」の流出の経路を明らかにして説明せよ、等々である。

これらの事項について、既に指弾した内容との重複を出来るだけ避けて、逐
一、単純明快に破折する。

まず、河辺慈篤(写真)の手元からメモが盗み取られた、との言い掛かりだが、
本紙第一一八七号でも述べた通り、河辺が日顕を脅迫するために意図的に流出
させたものである。

河辺慈篤

当時、河辺が還俗覚悟で流出させたことは、第二弾のメモ(次頁の図を参照)
が物語っている。

「慧妙」は、この第二弾のメモについては何も言えず、今も沈黙している。

この第二弾メモとは平成十一年七月十日付で河辺の「記録ミス」との謝罪文
が出た前日の日付(七月九日)になっている。その文面は
◇    ◇
「メモの件
 1、当局の云う通りやるか
 2、還俗を決意して思い通りでるか
 3、相談の結論とするか、
   7/9
     自坊tel
宗務院より『河辺の感違い』とのFAX(宗内一般)」
◇    ◇

kawabe memo

これは正真正銘、河辺直筆のメモである。「慧妙」は、このメモも何者かが
盗み出したというのか?

左に添付した紙切れ一枚、河辺本人でなければ、その存在すら分からない。
誰が盗んだというのか?

「慧妙」は本紙に対して「次号で『河辺メモ』の流失経路を明らかにせよ」
と迫っているが、先に「「河辺の手元から盗み取られ」云々と難癖をつけてき
たのは「慧妙」であり、「慧妙」が具体的な「盗難」の経緯を説明してみよ。

次ぎに「慧妙」は性懲りもなく「河辺メモ」に書いてある「字画判定」を「
写真判定」だと誤読した上で、次のように書いている。

「メモ書き中の文字を比較する際には、まったく別の時期に、別の状況で書
かれた文字と比較するのではなく、同じ時に書かれた文章の中の、同一文字を
比較すべきである」だと。

何を言うか! ならば、どうやって一般的な筆跡鑑定が成り立つのか? 

下に並べた「猊下」の文字は河辺が別の時に、別の状況で書いたものだ。こ
れでは鑑定できないのか?

「河辺メモ」とは次元は違うが、日蓮大聖人の御本尊や御書の真筆の解読に
あたっても、時期の違うものと比較して判定することが多い。宗門の教学部も、
御書の編纂の際、長年それを熱心にやっていた。「慧妙」は宗門教学部のやり
方も否定するのか?

鑑定したのは日顕

ともかく、屁理屈ばかり捏ねる「慧妙」は己の主張の合理的根拠を、信頼で
きる具体的な実例を上げて説明する義務がある。

また、字画判定だと意味が通らないというのは、ふざけた言い種だ。日禅授
与の御本尊と大御本尊との比較は、中央の題目や花押の字の形の比較が主にな
る。

つまり、日顕のいう筆跡鑑定だけでは分かりにくいので、鑑定は素人の河辺
が具体的に題目等の字の比較という意味で「字画判定」と書いたのだろう。

宗務院も日顕自身も、字画判定については「慧妙」のような変な難癖はつけ
ていない。

そもそも「慧妙」も以前は「写真判定」ではなく「字画判定」と書いていた
ではないか。ところが、川喜多雄秀という青年得度の六期、創大十一期で学生
の頃から寺巡りが趣味だった陰気な無任所坊主に感化され、最近になって「写
真判定」と言い換えるように変った。

実に節操のない「慧妙」の戯論である。

更に「慧妙」の「大御本尊を間近に拝せない謗法者が写真で判定したと読む
のが妥当だ。日顕だったら写真で判定する必要はない」と、日顕ならば大御本
尊を直接、鑑定すると言う。

いくら教学部長でも、御宝蔵に格護してある日禅授与の御本尊を大御本尊と
並べて比較したり、大御本尊を直接、筆跡鑑定とか字画判定する訳にはいくま
い。鑑定・研究のために大御本尊を拝するのは無理である。

「河辺メモ」に書いてあるのは「字画判定」だが、山口範道が、日顕は日禅
授与の本尊の写真を持っていて自慢していたと証言したように「写真判定」だ
ったとしても、それを実行できたのは「謗法者」の日顕である。

日顕が大御本尊をいかに冒涜し、軽視しているかは、日達法主が「大御本尊
を永久に守護し奉る建築物」と定めた正本堂を解体し、安普請の奉安殿にコソ
コソと遷座した事実を見れば明瞭である。日顕が大御本尊を偽物と思っている
からこそ、平気で出来ることだ。

そればかりか、大御本尊の側の部屋で御開扉の直前まで昼寝をし、或いは直
ぐ傍で弟子に暴力を振るうのも大御本尊を軽視しているからである。(つづく)

f1192.gif

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  1. 2011/04/20(水) 23:17:52|
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