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フェイク 第1148号(発行=10.10.15)

フェイク 第1148号(発行=10.10.15)
日顕は御書を誤読し反対に解釈
花野充道著「天台本覚思想と日蓮教学」 ④
「智者は世間の法より他に仏法を行ず」?


花野充道博士が主張していたのは「宗務行政の民主化」「情報の公開」「オ
ープンな議論」の三本柱である。だが、情報が非公開の現状を憂いている同博
士は「我々は怪文書の情報をもとに真相を推測するしかない」と慨嘆している。

加えて、今のような閉鎖的で時代遅れの寺子屋教育を続けていると「寺院住
職の世襲制、墓檀家的な信徒の増加、財政逼迫による末寺の廃合、得度者の減
少、僧侶の知的レベルの低下、僧侶全員が高校卒という教団になる」旨、前途
は真っ暗闇だと指摘しているのである。

そして「自分の感情をコントロールできるようなリーダーでなければ、広宣
流布の進展は望めません」と強調。「スターリンや毛沢東の死後、過度の個人
崇拝や反対勢力への粛清が批判され、再評価が進んだように、日顕上人もまた
死後、その時代錯誤の学事政策が、『宗門を衰微せしめた』として、必ずや批
判されるであろう」と切り捨てている。

また、社会学者・西山茂氏が日蓮正宗の教学を指して「板本尊と血脈とを楯
にとった印籠教学である」と指摘したのは本紙第一一四五号で触れたが、これ
に関して花野博士は次のように記している。

世界にも今の日本にも通用しない「印籠教学」

少々、長くなるが日顕にとっては痛いところを鋭く突いているので引用させ
て頂くことにする。
◇    ◇
水戸黄門の印籠の威力が通じるのは、江戸時代の日本の国だけである。アメ
リカに行って、それを見せても「ファット・イズ・ジス?」と言われるのが落
ちである。

また現代の日本でそれを見せても、骨董品としての価値があるだけで、誰も
平伏する人はいない。法主の印籠が通用するのは、日蓮正宗という教団の中だ
けであって、一歩外に出れば、法主の「人格」か、「行動」か、「学識」か、
何かが具わっていなければ、世間の人が尊敬することはないであろう。

日亨上人は法主になられた方であるから、法主であったということだけで、
自門の僧俗から無条件で尊敬されることは言うまでもないが、日亨上人にはさ
らに教団外の人も一目置く「学識」が具わっていたから、たとえば歴史学者と
して高名な宮崎英修氏や高木豊氏からも尊敬されていた。
◇    ◇
「人格」も「行動」も「学識」も欠けた日顕

ここで花野博士が言いたいのは日顕には「人格」も「行動」も「学識」など
も何一つも具わっていないから教団外の人からは尊敬されないということだ。
因みに、平成三年に筆者は宮崎英修博士と面談。ここでは詳しい内容は述べな
いが、日蓮正宗の役僧に関する同博士の批評は、花野氏の記述通りであったこ
とを念のために付記しておく。

世間からは全く評価されていない「内弁慶教団」の日蓮正宗では広宣流布な
ど出来るわけがない。

では、何故、日顕は宗門の所化達を世の中から隔絶し、世間の大学・大学院
で学ぶのを妨害するのか?

それは自分が立正大学を繰り上げ卒業で軍隊に入ったという学歴コンプレッ
クスのためでもあるが、何よりも御書を読み違えて、反対の解釈をしているか
らである。

「減劫御書」には「智者とは世間の法より外に仏法を行はず」と指南されて
いる。これは当初、「行ず」となっていたが、その後、御真筆を詳しく調べた
結果、「行はず」が正しいということが判明している。

当初の「行ず」では「行(おこなわ)ず」とも「行(ぎょう)ず」とも読め
たが、唯、前後の文脈から「行(ぎょう)ず」では大聖人の教えとは反対の意
味になるので、学会は送り仮名やルビが無くても「行(おこなわ)ず」と正し
く読んでいたのである。

ところが、「行(ぎょう)ず」と誤読していたのが、ほかでもない日顕自身
であった。日顕は論文の中で、次のように書いている。

 「減劫御書に『智者とは世間の法より外に仏法を行(ぎょう)ず、世間の治
世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり……』との仰せがある。(中略
)したがって、智者というのは、世間の法よりほかに仏法を行じているのであ
る。『世間の法より外に』ということは、世間の法は世間の法として行じ、そ
の根底に仏法を行じているということである」(下の資料を参照)

このように日顕は「世間の法よりほかに仏法を行じている」と反対の解釈を
していたのである。だから、世間から遊離して「井の中の蛙」になるのだ。

 大聖人は「智者(法華経の行者)は、世間から遊離した教団の殻の中に閉じこ
もっていないで、世間で仏法を行じていくのである」と教えられているのであ
る。

日顕の解釈は全く正反対であった。日顕は本尊を書けば誤写、御書は誤読だ
が、そればかりではない。

平成十九年暮れに発刊した「百六箇種脱対見拝述記」は十九行もの文が欠落
していたし、加えて今年八月の教師講習会では「不変・随縁」の語を天台が用
いたと間違って「ついうっかり」と弁解していた。日顕には「講義する資格は
ない」という宗内の声もある。

日顕よ、天台本覚思想研究の第一人者と言われている花野博士に土下座して
潔く謝罪し、教えを乞うてはどうか。(つづく)

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  1. 2010/10/15(金) 22:39:52|
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