「友と共に!」教宣のページ

短信・フェイク・越洋・石山だより・海外通信・新改革通信など、随時掲載

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

フェイク 第1158号(発行=10.11.23)

フェイク 第1158号(発行=10.11.23)
お会式は形式仏教の典型だ
大石寺の「御大会」は邪宗寺院のサル真似
謗法坊主の日精が整えた現在の形態


日顕宗大石寺では十一月二十・二十一日の両日、恒例の「お会式」を行なっ
た。これを宗門では「御大会」と称して、宗祖日蓮大聖人の滅不滅を祝う儀式
だと説明しているが、仏法上の意義などはない。真の狙いは全国から法華講員
を集めて供養を取ることである。

その起源も定かではなく、徳川三代将軍家光の頃の寛永九年(一六三二年)
二月、造像読誦論者の日精が登座して以降、現在の儀式としての様式が出来あ
がったと言われている。

所詮、謗法坊主の日精が京都・要法寺から持ち込んだ行事のサル真似で形骸
化した仏教の典型である。

二十日の御逮夜では午後六時過ぎ、ニセ法主の日如を中心に役僧、坊主、総
代らが大書院から御影堂に向かって練り歩いた。これを「お練り」と称してい
るが、単なる坊主共の行列で、昭和初期の頃までは稚児行列などもあったよう
だ。

因みに、日蓮大聖人御入滅の地の池上本門寺では、全国各地から集まった数
多くの万灯が池上の地を深夜まで練り歩いて大賑わいになるが、大石寺での行
列は御影堂前を西に入り、仮御影堂(奉安殿)にコソコソと入った。こんな行列
を見て騙された法華講員の中には、大石寺は歴史が古いだけあって「歴史的な
絵巻」「伝統の美」等と感心している愚か者もいる。汚らわしい生臭坊主らの
行列など広宣流布とは何の関係もない。

仮御影堂(奉安殿)では、高座に登った日如が寿量品について説法した。

これは多分、富士学林図書館長の永栄義親あたりが下書きしたものであろう。

 参列していた講員は「説法の内容は全然、分からなかった」と苦笑していた。
説法する日如自身が法華経も御書も理解していないから、聞く側が分からない
のは無理もない。

日如(写真)は大願寺住職、法道院主管の頃も満足な講義ができないため、当
時、教学部長だった大村寿顕に頼んでいたほどだ。御書講義もできないうえ、
本尊を模写すれば誤字という情けない坊主が、ニセ法主になって御大会を営ん
でも、宗祖が喜ばれる筈はない。

小憩の後、三三九度の盃の儀に移って御逮夜は終った。飲み足りなかった日
顕や日如は、この後、部屋に戻って存分に「盃の儀」を楽しんだのではなかろ
うか。

二日目の行事は二十一日午前二時半から日如の導師で勤行衆会を安普請の客
殿で行なっていた。勤行衆会とはニセ法主の元祖・日顕が頻繁にサボっていた
丑寅勤行のことである。

午前九時からは仮御影堂(奉安殿)で日如による献膳、方便・寿量品の読経に
続いて総監の八木日照が日有上人の申し状を棒読。その後、日如が「立正安国
論」を棒読し、引き続いて日蓮大聖人、日興上人、日目上人、日道・日行の申
し状を棒読して、自我偈・引き題目で終了した。

昼食を挟んで午後一時からは、お花くずし、更に、二人の坊主が布教講演会
を行なったが、僧籍を離れた花野充道博士が指摘していた通り、こんな場で講
演しても布教にはならない。

全く意味のない二日間にわたっての形式的な「三文芝居」であった。
関連記事
  1. 2010/11/23(火) 23:12:50|
  2. フェイク

プロフィール

shiohama

Author:shiohama
「友と共に!」教宣ページ

クリック無料募金

あなたのクリックで救える命がある♥


あなたの支援を待ってる人たちがいる

最新記事

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

カテゴリ

短信 (105)
フェイク (169)
越洋 (27)
石山だより (13)
海外通信 (1)
新改革通信 (9)
未分類・その他 (5)

アクセス

total:
online:

ジオターゲティング

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

雨雲天気予報

-降水短時間予報-

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。