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フェイク 第1439号

フェイク 第1439号(発行=14.03.06)
忘恩坊主の尾花泰順が死亡
正信会に接近、不利と見るや日顕に擦り寄る
学会寄進の寺に居座って学会を批判


日顕宗・浄妙寺(大阪市都島区)の尾花泰順が二月二十七日、心臓マッサー
ジを受けながら病院に救急搬送されたが、午後三時五十五分に死亡した。享年
九十一歳。通夜は三月三日午後六時五十分から、告別式は四日午前十時二十分
から同寺で行われ、いずれも早瀬日如が導師を勤めた。

通夜の会場は同寺の三階になっていたが、僧俗差別の激しい日顕宗のことだ
から、法華講員ら一般参列者は会場には入れてもらえず、寒い外気が吹き込む
一階に置かれた焼香台で焼香。その上、日如が退場する際は「コートや防寒着
を脱いで御法主上人猊下様をお見送りするように」と徹底され、参列者は震え
ながら日如を見送っていた。

告別式でも、三階に上げてもらえなかった参列者が運営役員に激しくクレー
ムをつけ、責任者が出てきて対応して途中から葬儀会場に合流することになっ
た。

場内は参列した坊主仲間が冗談を飛ばして談笑するなど尾花の死を悼むよう
な雰囲気は微塵も感じられなかった。

尾花は大正十二年二月六日に生まれ、学会に入会したのは昭和二十九年四月
で入会の動機は酒乱だった

深酒して真夜中、トイレと間違って二階の窓から転落して大怪我をしたり、
酔っ払って寝タバコからボヤ騒ぎを起こしたこともあった。数寄屋橋の際(き
わ)をホロ酔い気分で歩いて川に落ち、警察官に助けられたことなど、この種
の話は数多い。

学会男子部では水滸会の二期生に選ばれ、戸田第二代会長からも薫陶をうけ、
その頃は酒を控えていた。

また、昭和三十一年四月に出家する際も戸田会長から厳しくも慈愛に満ちた
激励をうけたが、出家してからは再び酒に溺れるようになった。奥番の時代に
も酒を飲みすぎて丑寅勤行にも出なかったり、日淳上人が通る廊下に大の字に
なって寝ていたこともあり、酒癖の悪さは宗内随一と言われていた。

昭和三十八年四月、浄妙寺の住職に就任。この浄妙寺は戸田会長の発願によ
り、昭和三十年四月に関西で初の学会寄進の寺として誕生した。それだけに関
西の学会員が大事に守り、支えて御供養を続けてきた。

ところが、尾花は浄妙寺に入ってからは酒乱が一段と激しくなり、一流料亭
や高級クラブの常連になって「びばな」と名乗って飲み歩き、近くにいる人を
見境なく抱き寄せて耳を噛むなど常軌を逸した酒乱ぶりで「奇人」と呼ばれ、
寺に帰るのを忘れて店の人に送ってもらうことも度々だった。

尾花は酒癖の悪さに加えて変節漢としても有名だ。第一次宗門事件では渡辺
広済に接近し学会批判。正信会に行きかけ、不利とみるやUターン。日顕に擦
り寄り、学会員から搾り取った供養の金で、関西で最高額を日顕に貢いで取り
入っていた許し難い忘恩坊主だ。

尾花の死相は悪く、長年の闘病を物語るかのように痩せ細り、参列者の一人
は「遂に〝枯れ尾花〟になったな」と呟いていた。
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  1. 2014/03/06(木) 23:23:46|
  2. フェイク

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