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フェイク 第1215号

フェイク 第1215号 (発行=11.06.28)

治安当局に泣きついた宗門
大石寺六二世・日恭の焼死に関する考察 ㊤
「聖人は横死せず」、横死した大石寺法主


日蓮正宗大石寺六十二世の鈴木日恭が昭和二十年に大石寺の大火で焼死したのは今から六十六年前の今月十七日であった。御書には「聖人は横死せずと申す」と記されている。横死とは広辞苑によると、事故・殺害など思いがけない災難で死ぬことで、日恭のような不慮の死、非業の死を指すのである。

日顕は宗内僧俗に「法主は現代の大聖人様」「大御本尊様と不二の御尊体」等と呼ばせて、増上慢になっているが、時の法主が本当に「聖人」ならば、思いがけない災難で死ぬ筈はない。

六十二世の日恭が悲惨な横死を遂げたということは、大石寺の歴代法主が「現時の大聖人様」ではないという何よりの証明である。

先の大戦中、日本政府は「国家神道」による思想・宗教統制を図り、これを拒んだ教団に対しては「治安維持法」「不敬罪」を適用して弾圧した。

その結果、勤行の観念文の改変、御書の御文十四カ所の削除などに踏み切った日蓮正宗のように、殆どの宗派が大政翼賛体制に組み込まれて、戦争遂行に加担したのであった。

こうした情勢下にあって、軍部権力に抵抗したのが創価教育学会の牧口初代会長、戸田理事長であった。この時、宗門は「学会とは無関係」と治安当局に説明していたことも判明している。

昭和十八年二月、宗務院庶務部長の渡辺慈海は富士地区特高課の旧友から不敬罪容疑で近く大石寺の手入れがあるらしい、との情報を得た。そこで渡辺は急遽、上京して警視庁の最高幹部の一人「青木閣下」に面会。「学会の苛烈な折伏は正宗本山直接不知のこと」云々と泣きつき、神札焼却などの件で、自らに火の粉が降りかかるのを避けたことを渡辺自身が書き記している。

そして宗門は昭和十八年六月二十日、大石寺の書院に神札を祀り、同月二十七日には「神札」受諾に反対してきた牧口会長、戸田理事長ら幹部を大石寺に呼びつけ、法主・日恭が直々に「神札」を受けるよう申し渡した。

神札を拒絶した牧口会長

これに対し、牧口会長は毅然として「承服いたしかねます。神札は絶対に受けません」と拒絶。更に、牧口会長は宗門側に再考を促すため翌二十八日にも日恭に直諌した。だが、日恭は聞き入れなかった。

その後、同年七月六日に牧口会長は地方折伏のために訪れていた伊豆・下田の地で「治安維持法」違反、「不敬罪」の容疑で逮捕され、同日、戸田理事長も東京・白金台の自宅で逮捕された。

取り調べの際も牧口会長は折伏の手を緩めることなく、検事・判事にも敢然と日蓮大聖人の仏法の正義を語り、堂々と自身の信念を貫き通した。

片や宗門は牧口会長らが逮捕されるや、即座に登山停止、信徒除名処分に付し、残された家族の家を回って神札を受け取るよう説得していたのである。

宗門全体が大謗法を犯し、権力と結託して純信の信徒を迫害する側に回った時、大石寺の主な堂宇が全焼し、時の法主・日恭が焼死するという事態を招いた。これを「仏罰」と言わずに、何と言うのか。(つづく)

フェイク1215号
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  1. 2011/06/28(火) 23:43:40|
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