「友と共に!」教宣のページ

短信・フェイク・越洋・石山だより・海外通信・新改革通信など、随時掲載

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

短信 第545号

短信 第545号 平成24 年 11 月29 日(木)


日顕宗の動き

1. なりふり構わぬ“目標未達成寺院”

 日顕宗の11月25日現在の折伏目標達成支部(寺院)が「412」と発表された
(昨年同時期は「409」。全支部数は586)。宗内文書は「本年は、全国全支部が

折伏誓願目標を達成」するようハッパをかけており、未達成の寺の坊主、法華講は、
“最後の頼み”とばかりに学会員に狙いを絞ってきている。

 ある地域では、妙観講の2人組が80歳代の婦人を騙して御本尊を持ち去った。ま
た、別の地域では、学会員を装った脱会者が高齢の婦人宅に「御本尊を拝ませてほし
い」と上がり込んでは、「1週間ほど預かって返すから」と言って御本尊を奪い、「勧

誡(=学会から日顕宗への宗旨替えの儀式)願」の書類にも言葉巧みに署名させると
いう事案が発生している。

 まさに詐欺である。御聖訓には「妄語とてそらごとせる者・此の地獄に堕つべし」
(御書445ページ)と。悪らつで反社会的な日顕宗の動向を注視し、毅然とした態
度で対応してまいりたい。

2. 相次ぐ住職の粛清

 末寺住職の粛清が相次いでいる。兵庫・法栄寺の住職だった菅野慈栄(65)は法
華講とのソリが合わず、隠居に追い込まれた。また、宮崎・専唱寺住職だった七森信
泰(45)は執行部の意向に反したとして、小規模寺院に左遷され、青森・法浄寺の
上村雄頼(58)も住職をクビになった。本年はこのほか8人の住職が事実上の隠居
に追い込まれている。

「結果を出せぬ者、言うことを聞かぬ者はお払い箱」という、日如執行部の冷酷な
意思の表れであるが、一方で、度々、暴力事件を起こしたり、寺の講頭以下法華講役
員から総スカンを食らうような阿部信彰が「布教部長」という要職に居座っているこ
とを引き合いに出して、宗内からは「優遇されるのはファミリーか後ろ盾のある者だ
け」との不満と諦めの声が漏れ聞こえてきている。

3. 12月の予定
2日(日) 広布唱題会(本山、末寺)
9日(日) 御講(末寺)

スポンサーサイト
  1. 2012/11/29(木) 23:29:14|
  2. 短信

フェイク 第1346号

フェイク 第1346号(発行=12.11.27)

信彰が「街頭折伏せよ」と悪足掻き
日顕宗がモルモン教、統一教会を真似た勧誘
暴走する法華講、御本尊の持ち去り事件も


日顕宗は折伏に行き詰まり、モルモン教や統一教会の布教方法を真似て通行
人に声を掛ける街頭折伏を始めている。通行人にとって迷惑千万な街頭折伏を
強圧的にごり押しするのが布教部長の阿部信彰(写真)だ。

 日如が打ち出した二〇一五年(平成二十七年)に法華講員五十%増、二〇二
一年(同三十三年)迄に八十万人達成という〝悪夢〟の目標に各末寺の法華講
支部は悪戦苦闘しているが、成果を出せず低迷している寺が多い。長い間、学
会の獅子奮迅の闘いの上に胡坐をかき、元々、折伏などしなかった宗門と法華
講にすれば当然の結果である。成果を問う前に折伏のイロハを教えるのが先だ
が、先頭に立つ信彰自身、折伏が出来ないのだから語るに落ちる。

切羽詰まり、焦った日如や信彰らが「今年こそ全支部が折伏誓願目標を達成
せよ」と檄を飛ばしても各末寺は戦々恐々とするばかり。目標を達成出来ない
末寺坊主は左遷、或いは強制隠居などの厳しい処分が待っている。

講員に街頭折伏を強制するのに加え、高齢の学会員の家に乗り込ませ、言葉
巧みに騙して御本尊を持ち去る悪質な事件も起こっており、その因は、折伏成
果に汲々として己の地位を守ろうとする坊主の身勝手さが成せる業といえる。

加えて、信彰は折伏が停滞している末寺に乗り込み、講員を集めて折伏指導
会を開いて「宗内で皆が、ここは『ダメな法華講支部だ』『折伏が出来ない支
部だ』と言っているから私が来たんだ」と居丈高に言って「残りの分はどうや
るのか?」と声を荒らげて追及するため講員は委縮するばかりで意気は上がら
ない。

信彰は自分の常在寺が低く設定した二百の目標を達成したから鼻息が荒いの
だ。

折伏は「外か内か?」
と妙な問答の指導会

地方の末寺の講頭らの成果報告に対しては、節分の豆まき紛いの珍妙な問答
が展開する。「折伏は外か、内か? 成果の内訳はどうなっているのか?」と
矢継ぎ早に質問攻めにする。そんな成果を問う背景には長年、宗門が等閑にし
てきた信徒の扱いがある。

過去に授戒を受けて信徒になった法華講一家の中に信徒名簿に記載漏れの者
がいると、本人には理由を充分に説明しないまま再度、授戒させて折伏成果に
してきた。この姑息な手段は各末寺に蔓延した。末寺坊主が「どんな手口で成
果を誤魔化すか」「どうノルマの帳尻を合わせるか」と苦心惨憺してきたのが
分かる。

〝幽霊講員〟が増えるばかりの折伏は、御講の参詣者や登山者には結び付か
ず、供養収奪にも支障をきたす。その為、日如や信彰らが最近になって講員の
「育成」を言いだしたが、所詮、付け焼刃で効果はない。

信彰よ、講員に「街頭折伏をやれ! 街頭折伏は大変良い。やれば出来るん
だ」と自分では出来もしない行為を強要する前に、率先垂範して慈悲を以て折
伏の手本を示せば成果も、布教部長の名もあがる。肝心なのは「隗より始めよ」
だ。


  1. 2012/11/27(火) 23:24:18|
  2. フェイク

フェイク 第1345号

フェイク 第1345号(発行=12.11.22)

謗法の日精が持ち込んだ猿芝居
大石寺の御大会は「見学禁止」で世間と隔絶
「形骸化した時代錯誤の死せる仏教」

 全国各地の日蓮宗系寺院では今月、お会式が営まれている。なかでも日蓮大
聖人御入滅の地である東京・大田区の池上本門寺では各地から集まった数多く
の万灯が池上の地を深夜まで練り歩いて大賑わいになり、最も盛大のようであ
る。日蓮大聖人とは無縁の日顕宗の大石寺でも「御大会」と称し十一月二十・
二十一日の両日、約三千人が登山して行われた。

 式の起源は定かではないが、大石寺の場合は、徳川三代将軍・家光の時代の
寛永九年(一六三二年)二月に登座した京都・要法寺出身で造像読誦論者の日
精の頃に、現在の様式が出来あがったと言われている。

 宗門では宗祖大聖人の滅不滅を祝う儀式だと説明しているが、仏法上の意義
は何もない。所詮は謗法坊主の日精が要法寺から持ち込んだ形式的な儀式の猿
真似にすぎない。

 式の流れも、池上本門寺や中山法華経寺などが地域融合の行事になっている
のに比べて、大石寺は三門に「見学禁止」の看板を立て、坊主と法華講員だけ
で世間から隔絶した陰鬱な行事になり、地元の人達からは「大石寺の自己満足
だろう」との声もある。

 二十日の御逮夜は夕刻、ニセ法主の日如を中心に役僧、坊主、総代らが境内
を練り歩いた。これを「お練り」と称しているが、仏道修行はおろか、「書」
の練習もしていない〝ブクロの寛チャン〟が、参列者の唱題の声が響くなか、
差しかけられた真っ赤な大傘の下を得意満面で歩く姿は滑稽である。

 宗門では「古式豊かな中世の絵巻」と自慢しているが、単なる生臭坊主ども
の行列で「形骸化した時代錯誤の死せる仏教を象徴する猿芝居」との見方が強
い。

 この「お練り」の際、片手に提灯を持った助番僧が次々に日如の説法を願う
ため、一礼しに走ってくる。

 法華経涌出品になぞらえた「上行座」という高い台の上に登って説法するの
も馬鹿げた演出である。

 これを上行菩薩の涌出の姿とか、日蓮大聖人の出現を意味する等と説明して
いるが、とんだ茶番劇だ。

 ここで日如は寿量品の説法をしたが、その原稿は今年八月に開設した教学研
鑽所の所長・永栄義親が下書きしたものと思われる。

 説法は権威づけのために難解な仏法用語を多用して、法主だけが仏法の本質
を極めているかのように装う。

 これは日蓮大聖人の仏法を訓詁注釈の狭い領域に封じ込めて、信徒の日常生
活から遊離させるに等しい。小憩の後、三三九度の盃の儀に移って御逮夜は終
った。

 二日目は午前九時から日如による献膳、方便・寿量品の読経に続いて申し状
の奉読、自我偈・引き題目と続いた。

 午後一時からのお花くずしで終了。この後、布教講演会となった。こんな愚
の骨頂の講演会はせず、供養を浪費して建てた堂宇を開放して見学させた方が
今の世に適い、理解も進もう。

ニセ法主の「三文芝居」に信徒は辟易したであろう。

  1. 2012/11/22(木) 23:21:12|
  2. フェイク

フェイク 第1344号

フェイク 第1344号(発行=12.11.18)

日開が多くの末寺を売却・処分
検証 日蓮正宗はこんなに間違っている ③
破壊魔・日顕と親子揃って法滅の妖怪



 日蓮正宗は宗史七百年の伝統を自慢するが実態は謗法に塗れ、「日蓮正宗」
の宗名も紆余曲折を経て今年でやっと百年に過ぎない。この宗名については改
革同盟の松岡幹夫氏の著書「日蓮正宗の神話」にも詳述されている。

 大石寺と要法寺が「日蓮宗興門派」に所属していた明治十一年に、身延派な
どが「日蓮宗」と公称したことに危機感を覚えた興門派は、自分達も正統性を
示せるような宗名に変えようと、興門諸山から意見を募った。その時、要法寺
が出した案が「日蓮正宗」だった。

 この時は採用されなかったが、大石寺が興門派から分離独立後、明治四十五
年六月七日、要法寺に無断で「日蓮正宗」を名乗り、今日に至っている。「法
盗人」ならぬ「宗名盗人」である。

 概して宗名に「正」とか「真」「真理」等と付けるのは、亜流の弱小教団や
異端邪説を高言する輩が常套とする手段で、日蓮正宗も例外ではない。

 明治から大正時代の大石寺の教勢は日蓮宗系の中でも最低レベルだった。明
治三十七年の内務省調査によると、日蓮宗(身延派)が寺院数三千六百八十五、
住職二千九百八十二人、檀・信徒百八十四万五千三百八人。これに対して、富
士派(今の日蓮正宗)は八十七ケ寺、住職は四十七人で檀・信徒は五万八千人。

 現在の法華講の総数とほぼ同数であり、百年経っても全く増えていないことに
なる。

 また、文部省宗教局による大正末期の調査記録では日蓮正宗の寺院数は百十
六ケ寺で明治期よりも二十九ケ寺が増え、住職は四十八人、教會・布教所は二
十六ケ所となっている。

 昭和六年末には各宗派が文部省に「寺務報告」を提出した。それに基づいた
同省の「寺院住職及教會布教所數」という記録によると、日蓮正宗の寺院数は
六十九ケ寺、住職は五十一人で、教會・布教所は四十一ケ所となっている。

 驚くべきことに、大正末期よりも寺院数は四十二ケ寺が減少。寺院、教會・
布教所を合わせると大正末期が百四十二ケ所(寺)だったが、昭和六年には百十
ケ所(寺)で、三十二ケ所(寺)も減っている。

 日顕の戸籍上の父・阿部日開が、日亨上人を退座に追い込んで六十世になっ
たのが昭和三年六月で、退座したのが同十年六月であるから文部省に「寺務報
告」を提出したのは日開である。

 三十二ケ所(寺)は売却したとの見方もあり、その責任は当然、日開にある。

 室町時代には高僧が大石寺を売却し、近年には法主が末寺を売却・処分。日
顕に至っては正本堂、大客殿をはじめ多くの重要な建造物を破壊した。日開共
々、法滅の妖怪というべきだ。

 なお、「大石寺売却」に関して、かつて学会側文書での指摘に対して宗門は反
論不能だった。「慧妙」の「売却といっても名義変更のみ」「当時は無造作に
売買手続きができた」との賢しげで不得要領な屁理屈には失笑した。大石寺の
留守居の僧が金を受け取り売買手続きで「名義変更」したのを「売却」という
のだ。

 学会寄進の末寺三百五十六ケ寺はいまだに宗門名義である。破門した時点で速
やかに学会名義に戻し退去するのが筋である。今こそ理非曲直を正す。(つづ
く)

  1. 2012/11/18(日) 23:32:54|
  2. フェイク

プロフィール

shiohama

Author:shiohama
「友と共に!」教宣ページ

クリック無料募金

あなたのクリックで救える命がある♥


あなたの支援を待ってる人たちがいる

最新記事

カレンダー

10 | 2012/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

カテゴリ

短信 (105)
フェイク (169)
越洋 (27)
石山だより (13)
海外通信 (1)
新改革通信 (9)
未分類・その他 (5)

アクセス

total:
online:

ジオターゲティング

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

雨雲天気予報

-降水短時間予報-

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。