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フェイク 第1230号

フェイク 第1230号(発行=11.08.30)
「坊主は私欲を持つな、意見を聞け」
日如が日顕とファミリーに痛烈な皮肉 ㊦
「金がゴロゴロ転がり込む」と日顕・政子が密談


 寺族同心会大会で日如が強調していたことを前号に引き続いて紹介する。

 「清廉にして私欲を持たないこと、私の欲を持たないということが大事では
ないかと思います。滅私奉公に徹していく(中略)指導教師の失格条件といたし
ましては、精神の平衡力を失うことです。この精神の平衡力というものがなく
なりますと、様々な指導においておかしくなってくるのです」

 これは日如の日顕に対する痛烈な皮肉である。金・金・金に執着して、精神
の平衡力を失っている日顕の説法は広布に逆行し、怪談や艶話など聴くに堪え
ないものが多い。ここでは日顕の金銭欲にまつわる一つのエピソードを紹介す
る。

 日顕は「盗座」の直後、東京・西片の大石寺出張所で「猊座に着いた途端に
金がゴロゴロ転がり込んでくるようになったな」と政子とヒソヒソ話をしてい
た。

 こう言う日顕の声を偶然、聞いた人がいた。日顕にとっては猊座も「金の成
る木」にすぎないのである。

 実際、日顕の側に仕えた奥番経験者の話によると、日顕のところには金がゴ
ロゴロ転がり込んできていたということだ。

 その金を浪費する日顕は豪遊し、贅沢三昧の生活を続けて、女房の政子は庶
民感覚とは程遠い豪華な買い物をしていた。こんな日顕と政子の強欲ぶりを日
如が指弾したと言ってよい。

 次に、日如が力説したのは「人の意見に耳を傾けること(中略)意見というも
のを一切、採り上げず『私が絶対なのだ』といって、どんどん進んでいってし
まいますと、やはり、そこに色々な軋轢が生じます」

 平成三年一月二日、学会の秋谷会長(当時)が登山した際、日顕は「お目通り
適わぬ身」と面談を避けて、学会側の意見を聞こうとしなかった。また、学会
側からの話し合いの申し入れも拒絶したのだった。

 更に、八月二十九日の全国教師講習会で一人の末寺住職が質問。「宗門が学
会の悪口ばかり言うので信心がイヤなったという信徒が多いが、どう教導すれ
ばいいか、という内容だった。

 人の意見に耳を傾ける度量のない日顕は「なんだ、脱会させろよ! 脱会を
君がさせるのが、君の一番の責務なんだ。そんなことを質問する前になッ!」

 そして静かな場内に有名なカマシ発言が響いた。

 「信心がイヤになろうが、何しようが、そんなことは関係ないんだ。そんな
くだらない事を言ってはダメだってことを頭からカマシてやればいいんだ。そ
んな者に対しては……」

 更に、日如の「住職を押しのけて信徒の指導をするようなことがないように
していただきたい」との訴えを日顕の女房・政子は真摯に受け止めるべきだ。

 政子は指導というよりも、人事や管財にまで介入する。

 憂宗護法同盟や改革同盟の僧侶によると、教区会を高級料亭などで派手にや
る風潮を作ったのは、政子の影響が大だという。

 弟子の女房連中で取り巻きも作り、かつて「西片参り」も盛んだった。宗内
人事への介入では秋元の渉外部長が「政子人事」として有名だが、信彰の抜擢
人事、孫や孫娘の婿らの優遇人事にも関与していると噂されている。日顕・政
子・信彰の排除が急務だ。(終り)

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  1. 2011/08/30(火) 23:21:23|
  2. フェイク

フェイク 第1229号

フェイク 第1229号(発行=11.08.28)
「坊主は寛大であれ、感情に走るな」
日如が日顕とファミリーに痛烈な皮肉 ㊥
信彰の暴力で所化が失踪、その父が服毒自殺


 日如が寺族同心会大会で訴えた中に「指導教師は寛大であって、感情的にな
らないこと。とかく感情が先走り、せっかく和合僧であった宗団がおかしくな
ってしまうことが実際にあるのですから……」という内容があった。

 これは日顕とその愚息の信彰を名指ししての発言だったと解説する僧もいる。

成程、日顕父子ほど感情的になって「瞬間湯沸かし器」のように瞬間的に感
情を高ぶらせて爆発させる坊主も珍しい。

特に、日顕は法要の席でも、御開扉の際も平坊主を怒鳴り付け、殴り倒す。

寺の入仏式に参列した信徒の子供を「じゃかましい」と怒鳴り散らした(昭和
五十五年五月六日、鹿沼市・仏城寺)こともあった。暴言・暴挙は日常茶飯事
だ。

先走る感情に任せて和合僧を破壊し、遂には一千万信徒を破門したばかりか、
世紀の大殿堂・正本堂をはじめ大客殿、大化城などの学会寄進の建物までも次
々に解体し、法滅の妖怪であることを自ら証明した。

こんな日顕の凶暴な体質を引き継いだのが暴力坊主の信彰である。

少しでも気にくわないことがあると、直ぐに逆上し、相手が所化に限らず、
里内のような末寺住職であっても、鬼のような形相で殴る、蹴る、怒鳴り散ら
すのが常である。女房・信子にも結婚した直後から非情な暴行を加え、髪をつ
かんで引きずり回したこともあった。

 この信彰の暴力行為が原因で悲惨な事態を招いたこともある。

信彰が大修寺にいた昭和六十三年十月、過去帳を書かずにため込んでいたと
の理由で、在勤していた所化の顔を腫れ上がるまで殴った。耐えかねた所化は
「俗の道に入ります」との書き置きを残し、寺を出て行方不明になった。

 慌てた信彰は所化の実家に電話した。その時、信彰が何を言ったのかは不明
だが、その後、悲劇は起きた。

 信彰からの電話の後、所化の父親は息子の失踪を思い悩み、服毒自殺をした
のだ。息子に宛てた遺書には「お父さんは何も言わない。自分の好きな道を選
びなさい」と書かれていたという。

慈悲のカケラもない信彰の暴力から起きた痛ましい事件であった。

 慈悲の仏法を説くべき僧が、人を絶望の淵から死に追い込むとは、奪命魔そ
のものである。

************************
ニュース速報

大石寺が整備事業の一環としてバスターミナル南側の交差点を改修工事した
が、その交差点で二十六日、事故が起こった。軽トラックと普通乗用車が衝突
したのだ。警察が出動して現場検証を行なうなど慌ただしい雰囲気に包まれて
いた。

この交差点について宗門は機関誌で「総門前の道は蛇行していたため、以前
から、その危険性が指摘されていたが、参詣者と地元住民のために見通しの良
い道路へと造り替えられた」等と自画自賛していた。

そんな改修されたはずの交差点だが、最近は交通事故が頻発するということ
だ。

大石寺の地元住民からは「大石寺のやることは何でも中途半端だ。道路の何
処が整備されたのか分からない。以前よりも危なくなった」等の苦情がある。

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  1. 2011/08/28(日) 23:18:11|
  2. フェイク

フェイク 第1228号

フェイク 第1228号(発行=11.08.27)
「坊主がいい加減だから発展しない」
 日如が日顕とファミリーに痛烈な皮肉 ㊤
日顕は那須へ、温泉三昧の信彰が折伏の檄


早瀬日如が第五十回寺族同心会大会(五月二十日、大石寺で開催)で、全国の
住職(指導教師)に向かって強調したことは、実は日顕とそのファミリーに対
して言いたかった内容だ、ということが宗内で囁かれており、実に興味深い。

日如が訴えた内容を列記すると、①法華講の発展は指導教師の如何による。
住職がいい加減だと、信徒も相変わらずいい加減になる②指導教師は寛大であ
れ。感情が先走り、和合僧の宗団がおかしくなることが実際にあった ③清廉
にして私欲を持たないことが大事だ ④他人の意見に耳を傾けよ ⑤寺族は住職
を押しのけて指導するな(「大日蓮」平成二十三年七月号)の五点であった。

確かに、どれも日顕・政子・信彰を標的に力説したものであることが頷ける。

 まず、第一点の「住職がいい加減だから……」については、日顕自身が誰よ
りもいい加減だから宗門全体が腐敗・堕落していることは言うまでもない。

この日顕が去る六月、那須湯本の温泉旅館へ女性同伴で出かけ、白濁の名湯
に浸かった後、地酒と山の幸、海の幸に舌鼓を打っていたことが宗内に知れ渡
った。

こんな日顕の遊蕩ぶりが折伏のブレーキになっているのも事実だが、ここで
は宗内で囁かれている信彰に関して述べることにする。

信彰のいい加減さの事例は数々あるが、それを端的に物語るのは、カマシ行
脚の最中、のんびり温泉三昧を堪能していたことだろう。

平成十三年五月十五日、新緑鮮やかな駒ケ岳や田沢湖を望む秋田県・田沢湖
町の温泉地に現れた信彰と野村慈尊(千葉・清涼寺)、それに当時の法華講連
合会委員長・柳沢喜惣次の三人は、はしゃぎながら温泉へ。タオルを頭に巻い
てタコ坊主さながらの信彰(写真左)の痴態は有名になった。

真っ昼間から温泉に浸かった信彰らは、懐石料理が自慢のこのホテルで昼食
を食べ、ゆっくりと羽根を伸ばした後、夕方から法説寺で開かれた秋田布教区
の僧俗指導会に出席。ここでは「折伏を貫徹しろ!」等々、激しい口調で法華
講を締め上げたのである。

 指導会が終わったのは夜十時。集められた秋田県下の住職や法華講員約二百
人は長時間、缶詰状態にされて疲れ果てていた。

 信彰らは寄り道をして温泉旅館で楽しみ、豪勢な料理を食べて、平坊主や法
華講には「命がけでやれ」と脅迫していたのだ。

 これでは法華講員が誓願を達成する気にならないのは当然である。日如は一
般論のような言い方をしていたが、こんな具体的な事例を挙げて指摘するべき
であった。

 平成二年八月、日顕は宗内に「綱紀自粛」を通達した日の夜、政子や信彰夫
婦らを連れて伊豆長岡の一部屋一泊三十万円の超高級温泉旅館に出掛けた。

遊蕩坊主の日顕が、身をもって教えたことを信彰が実行しているのである。(
続く)

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  1. 2011/08/27(土) 23:15:04|
  2. フェイク

越 洋 平成23年8月24日

越 洋 平成23年8月24日

 文豪ビクトル・ユゴーは叫んだ。「諸君の高遠(こうえん)偉大なる理想を
想起するがいい。理想に忠実なれ。そこに自由があり、そこに幸福がある」と。
「偉大なる人生」とは「偉大なる誓願」に生き抜く人生といっていい。

きょう「8・24」は池田名誉会長の64周年の入会記念日である。この64星
霜は「偉大なる仏法と偉大なる師匠を持った一人が立ち上がれば全世界を変え
る」ことの厳然たる証明であったといっていい。正義の仏法は、今や世界19
2カ国・地域へ発展し、名誉会長の「広宣流布」即「平和闘争」の人生に、世
界から大きな賞讃が寄せられている。

まさに8月24日は、仏法を基調とした平和・文化・教育運動の出発の日でもあ
る。この8月24日といえば、ウクライナが独立を宣言した日でもある。ソビエ
ト連邦内の構成国であったが、1991年(平成3年)ソ連崩壊に伴い独立した。ウ
クライナといえば、第2代戸田会長と池田名誉会長がともに深く思いを馳せた
天地で知られる。

 それは戸田会長が青年に学ばせた名作『隊長ブーリバ』の舞台であり、作者
ゴーゴリの出身地であるからである。またウクライナは、詩人シェフチェンコ、
作家チェーホフ、画家アイヴァゾフスキーなど数多(あまた)の光輝ある文豪
・芸術家を世に送り出した偉大なる詩心と文化の大国でも知られている。

ウクライナのコステンコ前駐日大使は、ウクライナの文化や詩心も「異文化
との出あい」の中に、感性が磨かれていったと語っていた。云く「わが国は東
西南北を結ぶ通商の十字路に位置していました。ですから、訪れた諸民族が、
少しずつ、自分たちの"面白いところ"を置いていってくれたのです」と。それ
は文化の交流が、人間性を豊かにし、新たな創造性を呼び覚ましたのである。

 かつて宗門は、学会が本部幹部会で「歓喜の歌」を歌った事に対して「外道
礼讃」にあたると難癖をつけてきた。文化を否定するだけではなく「魔女狩り
にも似た宗教的独断の表れである」とその当時、芝浦工業大学教授・河端春雄
氏が指摘した通りである。もちろん学会が「歓喜の歌」を歌った事は、キリス
ト教の神をたたえる心など微塵もなく、ただ、大聖人の仏法に巡りあえた"喜
び"を、この作品に込めて歌っただけである。

 世界192カ国・地域にまで学会が発展したのは、平和・文化・教育を基調
にし「異文化との出あい」を大切にしてきたからに他ならない。どこまでも独
善的で、文化を否定する宗門は、永遠に世界宗教にはなり得ないのである!!

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  1. 2011/08/24(水) 23:56:14|
  2. 越洋

フェイク 第1227号

フェイク 第1227号(発行=11.08.21)
「僧宝は二祖日興上人ただ一人」
「日蓮正宗要義」で「僧宝」の意義を改竄 ㊦
宗門の「三宝破壊」が招いた今日の疲弊


 邪宗・日蓮正宗の関係者が「僧宝」に関して珍妙な主張をしていることを前
号で述べた。それは僧への尊敬を強要するエセ三宝論で、ニセ法主や堕落僧を
日興上人になぞらえる暴論であり、これぞ三宝破壊と断ずる。

 そこで次に幾つかの質問をする。①相承を受けていないニセ法主でも「僧宝」
なのか? ②鈴木日恭は大石寺の大火災の際、生焼け状態で死んだが「僧宝」
も焼死するのか? ③安政の大地震で石塔の下敷きになって圧死した学頭の日
騰は、大御本尊を誹謗した罰との説があるが、こんな坊主も「僧宝」なのか?

 これらの事項について、宗門関係者で答えられる僧俗がいたら、回答せよ。

 さて、日蓮正宗の立てる三宝は「宗規」の第一章「宗綱」の第四条に「本宗
は、大漫荼羅を法宝とし、宗祖日蓮大聖人を仏宝とし、血脈付法の人日興上人
を僧宝とする」と明記されている通りである。

 ここに示されているのは、末法に出現された久遠元初の三宝、すなわち末法
下種の三宝である。

 この末法下種三宝に対して、歴代法主以下の僧俗は、法主・僧侶・在家で役
割の相違はあるが、「下種三宝を守り、大聖人の仏法を伝持・弘通していく」
という使命の上では、全て等しく「僧宝の一分」として僧宝の随一である日興
上人に摂せられる。つまり歴代法主以下は「三宝を守る」という信・行によっ
てのみ「僧宝の一分」に列せられる。

 それ故に、その信・行に根差した行躰(ぎょうたい)が問われるのである。

 即ち、日蓮大聖人の仏法を守り、伝持し、広宣流布していく「行躰」にこそ
「僧宝の一分」に列せられる要件があるのだ。

 日亨上人が学会について「僧分をも超越する」と言われたように、学会員も
在家とはいえ、その身命を惜しまぬ広宣流布への実践により、立派に「僧宝の
一分」に列せられる資格がある。

 僧宝の実質は「形」や「位」にではなく、「行躰」にこそ備わる。以前、改
革同盟の松岡雄茂氏が広義の僧宝を「条件付きの僧宝」と説明したが、宗門は
ろくに反論できなかったではないか。

 あの傲慢な日顕でさえ、実はこう語っていたのだ。

 「僧宝として尊敬するお方は、二祖日興上人ただお一人ということになって
おるのであります」(昭和五十五年三月二十八日、在勤式・得度式・祝賀会)

 また「一切衆生のなかで正法を受持信行し、一分でも他に随力演説していく
人達は僧俗ともに僧宝であるということができます。しかし基本においては、
日興上人をもって僧宝の随一として拝するわけであります。

 そういうところからするならば、歴代法主は僧宝以下の立場であって、それ
を軽々しく仏様だ、仏様だというような表現は、少し言い過ぎであると私は思
っております」(昭和五十八年三月三十一日、第四回非教師指導会)

 日顕が悩乱する前の発言である。その日顕が、学会首脳を大石寺に呼びつけ
て「御法主上人猊下様と言って尊敬しろ」等と強要し、或いは「大御本尊と不
二の尊体」等と言わせ、あげく「日蓮正宗要義」まで書き換えさせた。この三
宝破壊の狂いが今の宗門の疲弊を招いたのだ。 (終り)

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  1. 2011/08/21(日) 23:05:54|
  2. フェイク
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