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フェイク 第1197号 (発行=11.04.29)

フェイク 第1197号 (発行=11.04.29)
宗門僧も「慧妙は信用できない」
「慧妙」の戯論、「河辺メモ」の弁解で墓穴 ⑤
過去にも宗門見解に反する記事を幾度も掲載



極悪坊主・日顕の三大弱点は、法主詐称とシアトル事件、それに「河辺メモ」といわれている。その一つ、「河辺メモ」について詭弁を弄して日顕を弁護し、点数稼ぎを狙っている「慧妙」だが、思惑が裏目に出て、「大御本尊偽物」「日達猊下は話にならない」等々、日顕の問題発言を再燃させる結果になっている。

 これまでにも「慧妙」は日顕や宗門当局の見解と異なる記事を度々、掲載して、宗内の坊主や法華講からも毛嫌いされてきた。その典型の一つが芸者写真に関する弁解だった。

「このような柄のハカマはお持ちになっていない、とだけ言っておく。それで充分であろう。これは首をすげ替えた合成写真なのである」とか「ブレとピンボケと鮮明が混在している」「はてさて、どんなカメラを使い、どんな撮影技術、どんな印刷技術を使えば、このような奇っ怪な写真ができあがるというのか」更に「こんな写真は絶対にできないぞ! それができるのは合成・偽造だけだ!」(平成5年1月15日付「慧妙」第一号)と偉そうに書いていた。

 だが、この「慧妙」の記事は真っ赤なウソで、実際は、ハカマは日顕が所有していたもので、首も胴体も日顕自身のものであったことが証明された(写真参照)。

 どんな誤報にも謝罪はしない。こんな「慧妙」は全体的には何一つ満足な反論ができないため、常に枝葉末節に固執して、愚にも付かない駄文を書き殴って虚勢を張る傾向が強い。

 先述の芸者写真は「日顕が芸者遊びをしたか、否か」というのが問題であった。

 それなのに、ハカマがどうの、首がこうの、と言い、写真がブレている等と言い張って、墓穴を掘った。

 今回の「河辺メモ」にしても「大御本尊偽物」発言とか先師を批判した事実が問題であるのに、人の癖字が、その日、その時によって変わるかのようなバカなことを書いていた。

f1197.jpg

 この他にも「慧妙」の間違い記事は数多い。その中から、幾つか代表的なものをあげる。

 極端な例は、宗門の法義研鑚委員会と正反対の意見を同時期に発表したことだ。

 「謗法者の御堂への参詣自体を禁じてはおられない」「戒壇の大御本尊が広布の時至るまで秘蔵の形をとり公開されていないのは、何も謗法者に拝ませてはならないから、という訳ではない」(「慧妙」平成五年十一月一日付)と述べていた。

 一方、法義研鑚委員会の見解は「大白法」(平成五年十一月十六日付)に掲載された。「一閻浮提総与の御本尊といっても邪宗邪義の輩に礼拝を許すわけがない。これは宗祖大聖人の御教示であり、宗門七百年の鉄則である」と、「慧妙」の邪見を一刀両断!

 また、日顕が父・日開の死に目に遭えなかった弁解、祖母の彦坂ぶんに関する作り話などだ。この「慧妙」を花野充道博士、細川明仁が非難したのは幾度も紹介した通りである。(終わり)

フェイク1197
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  1. 2011/04/29(金) 23:49:45|
  2. フェイク

短信 第509号  平成23年 4月28日(木)

短信 第509号  平成23年 4月28日(木)
日 顕 宗 の 動 き

1.本山での震災法要に怒る末寺坊主

本山で15日、末寺の坊主や信者が参加して「東日本大震災殉難者追善法要」
が行われたが、坊主たちは「なぜ、わざわざ本山でやるんだ。末寺でやればい
いじゃないか」と憤慨しているという。確かに、旅費、交通費がかかる。信者
から御開扉料や塔婆代、供養が本山に吸い上げられて末寺の実入りが少なくな
る。そうでなくても、数合わせの登山を何回も強要されているのに、というわ
けだ。

「被災寺院への支援」との名目で集めた義援金も、総額や具体的な使い道は明
らかにされておらず、末寺坊主たちは不信感を募らせている。執行部の坊主た
ちが被災地に持参した見舞金が義援金の中から支払われていたとの疑惑も浮上
しているという。

震災で多くの信者が亡くなり、行方不明になっているというのに、この期に及
んで金がらみのいさかいが絶えない日顕宗である。


2. 法華講委員長が交代

法華講連合会委員長の柳沢喜惣次(87)が辞任した。柳沢は、平成4年に委
員長になって以降、日顕、日如の意を受けて、供養収奪のお先棒を担いできた
講員いじめの"A級戦犯"。昨年、本山で転倒して足を骨折してから、介助無し
では歩けない状態に。会合で登壇しても意味不明な言動が目立っていたが、つ
いにお払い箱となった。後任は、永井藤蔵なる、実績も存在感も無いといわれ
る78歳の男。法華講の"お先真っ暗"な現実が、またまた浮き彫りになったと
言えよう。


3. 5月の予定

1日(日) 広布唱題会(本山、末寺)
8日(日) 御講(末寺)
19日(木) 寺族同心会大会(本山、~20日)



  1. 2011/04/28(木) 23:22:35|
  2. 短信

フェイク 第1196号 (発行=11.04.27)

フェイク 第1196号 (発行=11.04.27)
宗門通達と矛盾する「慧妙」の珍説
「慧妙」の戯論、「河辺メモ」の弁解で墓穴 ④
都合の悪い事項は正信会に責任を転嫁


 妙観講の「慧妙」が戒壇の大御本尊と日禅授与の御本尊の写真を比較したのは正信会で、昭和五十年当時、疑難が出ており、そのことは平成十一年六月一日付の「慧妙」で詳報した旨、自慢していた。そこで今号では「慧妙」の当該記事を徹底的に粉砕する。

 「慧妙」の記事は過去の宗門通達とは矛盾する戯論で大要、次ぎのような内容である。正信会が発行した「日興門流上代事典」(二〇〇〇年一月刊)に戒壇の大御本尊と日禅授与の御本尊が酷似しているとの記載があるので「慧妙」編集部が、編者の正信会僧に尋ねたところ、昭和五十年頃に、その説があったという。

 そして「河辺メモ」に記載された日顕との会話は、後に正信会となる一部の僧が口にしていた妄説と、その破折を伺ったものと決めつけ、これで日顕が大御本尊を「偽物」と言ったという疑念は「吹き飛んだ」と書いていた。

 この記述が、二通の宗門通達と矛盾することに「慧妙」は気付いていない。

 平成十一年七月九日の通達で宗門は「河辺メモ」の記載について、次のように言い訳していた。

 「当時は裁判も含め、以前より外部からの『戒壇の大御本尊』に対する疑念が多く来ていたこともあり、御法主上人猊下におかれては、教学部長として、それらの疑難について河辺師に対して説明されたものであります」と。

 これによると河辺のメモは「裁判も含め」「外部からの疑難」を明記したもので、日顕の見解ではないということだった。

 ところが、「慧妙」では、疑難の主は「後の正信会僧」だという。しかし、「後の正信会僧」も当時は、まだ「宗門内部」にいた。

 ということは「外部からの疑難」という「通達」の釈明を否定することになる。

 また「裁判」とは、一体、何なのか?

 更に、七月十日に出た二通目の宗門通達は、河辺の「詫び文」という形式で次のように記されていた。

なぜ「破折」を書かない?

「それら(外部からの疑難)と関連して、宗内においても『戒壇の大御本尊』と、昭和四十五年に総本山へ奉納された『日禅授与の御本尊』が共に大幅の御本尊であられ、御筆の太さなどの類似から、両御本尊の関係に対する妄説が生じる可能性と、その場合の破折について話を伺ったものであります」と。

 これまた前日の通達とも食い違う内容である。

 即ち、今後、宗内に生じる可能性のある疑難についての説明だった、というのが河辺の弁解であった。

 ところが「慧妙」は、これとも矛盾する。疑難の主が、昭和五十年当時、「宗内」にいた「後の正信会僧」であるとする「慧妙」説では、既に同年には「宗内」に疑難、妄説が存在していた訳だが、その三年後の五十三年に「今後、宗内に生じるかも知れない」妄説についての破折という河辺の釈明は成立しない。

 何より、疑難だけを書いて、河辺が伺った筈の肝心の「破折」に関する記述がないのは、どういう訳だ?

「慧妙」の主張は二通の宗門通達のいずれにも矛盾している。(つづく)

  1. 2011/04/27(水) 16:37:50|
  2. フェイク

フェイク 第1195号(発行=11.04.26)

フェイク 第1195号(発行=11.04.26)
日顕は大御本尊と先師を否定
「慧妙」の戯論、「河辺メモ」の弁解で墓穴 ③
邪義を唱えた日謄は本行寺で石塔の下敷きに


 日顕が河辺に「戒壇の御本尊は偽物」と語った昭和五十三年二月七日といえ
ば、日達上人から相承を受けた(四月十五日)と自己申告した僅か約二ヶ月前で
ある。

 この時期に日顕が何故、宗門を揺るがす大邪義を述べたのか。その背景を考
えてみたい。

 まず、この二年前の昭和五十一年、立正大学の図書館長だった宮崎英修が雑
誌「月刊ペン」に大石寺の大御本尊は偽作という趣旨の一文を発表。その骨子
は、これまで身延派が繰り返してきた「大御本尊偽作論」と同じような邪論だ
った。

 宗門では機関誌「蓮華」の昭和五十二年十月別冊号に、当時は教学部長だっ
た日顕(阿部信雄)の反論を掲載したが、これを書く過程で、日顕が戒壇の大御
本尊を鑑定したとみられている。

 余談だが、「大御本尊偽作論」は、身延派などから幾度も投げかけられたが、
宗門の中には、その説に同調した者もいた。幕末の学頭・久遠院日騰である。

 五十二世の日霑と猊座を争って負けた結果、大御本尊を否定した日騰は、安
政の大地震で石塔の下敷きになって死亡。その場所は常泉寺の本行坊で、日顕
有縁の現在の本行寺である。

 日顕が「話にならない」等と日達法主に批判的

 ところで、五十三年当時の状況といえば、一部の若手活動家僧侶(後の正信
会)による理不尽な学会批判により、学会と宗門の不協和が週刊誌等を賑わし
ていた時である。

 前年の五十二年十二月、日達法主と池田会長(当時)の話し合いによって収
束に向かっていた問題が再燃した頃だ。それは学会と宗門との離間工作によっ
て利を得ようと画策していた山崎正友の存在があったからだ。

 山友は宗門側に、学会への不信感を植え付けるため、虚偽の情報を流してい
た。

 特に、翌五十三年一月に山友は「ある信者からの手紙」と呼ばれる謀略文書
を宗門中枢に届けて学会攻撃を煽った。

 この他、山崎の数々の陰謀により、収束しつつあった問題に再び火が付き、
宗門は「時事懇談会」等を開いて学会対応を討議。活動家僧侶に担がれた日達
法主は学会に厳しい態度で臨み、学会は苦しい局面を迎えていた時期であった。

 昭和五十三年二月七日に河辺が書いたメモには「戒壇の御本尊のは偽物」の
後に「Gは話にならない」「人材登用、秩序回復等全て今後の宗門の事ではG
では不可能だ」との発言も記されている。この件には「慧妙」も触れようとし
ないが、これは当時、学会擁護派だった阿部教学部長(日顕)の法主批判の発言
である。

 一方、日達法主も当時は周囲の者達に「阿部はダメだ」「阿部は信用できな
い」等と語り、全く信頼していなかった。師に批判的な弟子を信用する師はい
ない。当然、血脈相承など考えられないことである。

 こうした状況下、日顕は先述した久遠院日騰と同様、大御本尊を誹謗し、日
達法主を非難したのである。

 河辺のメモには主語がないとはいえ、二番目の「Gは話にならない」の発言
の主が日顕であることは明々白々。それなのに一番目の主語が正信会というの
は道理に適わない。(つづく)

  1. 2011/04/26(火) 23:57:08|
  2. フェイク

越 洋 平成23年4月25日

越 洋 平成23年4月25日

 時代が動く時、そこには必ず民衆と共に音楽があった。

今回の東日本大震災で被災した方達に、いま様々な復興支援がされている。
特に様々なアーティストの方達が現地に赴き、"お金も大事だけどまず大事な
のは(絶望からの)心の復活。これからもいい歌を書いて東北に気持ちを届け
たい"と熱い思いを歌に乗せ励ましのエールを送っている。
 
民衆を鼓舞した歌と言えば、今から219年前の4月25日フランス革命の
中、素人音楽家の青年将校が一晩で書き上げた「ラ・マルセイエーズ」は、多
くの民衆を鼓舞し革命へと導いていった。またヒットラー率いるナチスの侵略
の中でも、この歌は歌われうち沈む民衆の心をわき上がらせてきた。今ではフ
ランスの国歌となり、人を鼓舞(こぶ)する魂の歌として知られている。

ラ・マルセイエーズ

今月23日福島県相馬市の創価学会の相馬会館では、震災後初の復興祈念座
談会が行われた。集まった婦人部の友は「全国の皆さん、私たちは元気です!」
との思いと再起の心を託し、「今日も元気で」を大合唱し、学会創立100周
年へ向けて新たな誓いをされた。常に学会の発展と共に、そこには数々の学会
歌があった。御書には「音の哀楽(あいらく)を以て国の盛衰を知る」(88
㌻)とある。また法華経には、妙音菩薩の行くところ、百千の天の音楽が鳴り
響くと説かれ、常に信仰の喜びも音楽と共にあり音楽の力が多くの人の心を揺
り動かすのである。

しかし宗門では、ベートーベンの「歓喜の歌」を歌う事は"外道礼賛"に繋が
るとして謗法であると学会に難癖をつけたことが、かえって世界の物笑いとな
った事は有名な話である。そもそもシラーの原詩は「神々の」という言葉を使
っているが、詩全体はキリスト教の神を礼讃しているものではない。「歓喜の
歌」は、自己のうちにある神々しい力を賛美しているのである。それは"人間
の内からの喜び"を表していることは、広く一般に理解されている。

その当時の芝浦工業大学教授の河端春雄氏は「前者はドイツ語のごく初歩的
な認識を欠いたところからくる誤解であり、後者は、人間精神の普遍的な昇華
がもたらす芸術を、無理やり宗教のカテゴリーに当てはめ、邪教徒を作り断罪
する、あの魔女狩りにも似た宗教的独断の表れである」と断じている。

日興上人は「師敵対の人間は、師の教えを厳格に守っている人間を、かえっ
て"外典読み"等と批判する」と五老僧を破折している。かえって"外道礼賛"と
難癖を言ってきた日顕と日顕宗こそが五老僧の末流である。言い尽くせぬ謗法
の数々、宗開両祖も呆れていることだろう。

  1. 2011/04/25(月) 23:24:17|
  2. 越洋
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